お侍様 小劇場

     “凍夜一景” (お侍 番外編 112)
 


春から秋にかけては気温の乱高下に振り回され、
夏の猛暑と張り合いたいか、
冬場は年を越しての如月に入るといきなり、
豪雪連れた冬将軍がまかり越しての長逗留するというのが、
ここ近年の日本の気候の変わりようで。

 「久蔵殿? どうしましたか?」

日本海側の豪雪地帯は、
この冬もやはり途轍もない大雪に見舞われているとか。
木曽に実家のある久蔵は、だが、
里が閉ざされるまでの大雪には覚えがないそうで。
夕方の定時のニュースで、
都心でも横殴りの雪が降っただの、
北の方では道も埋まり、
2階建ての民家さえ飲み込まれようというほどもの積雪があっただのいう、
とんでもない様子が映し出されていたのへと。
お住まいの人達はさぞかし大変でしょうねぇと、
七郎次と一緒に驚いていたものが。
二人で先に済ませた夕餉の後片付けにと、
七郎次が僅かほど、キッチンへ引っ込んでいたその間、
続いてニュースでも見ていたものかと思いきや。
テレビは点いたままだったけれど、
その音声で気づかなかったほど秘やかに、
いつの間にやら、
リビングの大窓の際へと、その痩躯をひたりと添わせていた彼であり。
ごくごく普通の住宅街の、
少々奥向きに位置するこの家は、だが、
特に奇抜な作りということもない、一般的な二階家で。
住んでいる顔触れも、
都内の商社へ勤めに出ている壮年男性とその義理の弟、
そして、数年ほど前に
高校進学のため、後見人でもあるこちらの壮年の元へ、
木曽から上京して来た少年とという、男ばかりの3人暮らし。
微妙に事情(ワケ)ありではあるけれど、
とはいえ、特に奇抜なそれでもなくて。
何より、それぞれの人性も落ち着いていての豊かなそれだと、
いい評判こそ立っても、不審な噂は立ったためしがないご家族。

  だというに。

掃き出し窓の端、
そろそろ引いて閉じねばと思っていた、
冬に合わせて取り替えた栗茶色のカーテンの、
束ねたその陰へと身を寄せていた久蔵であり。
その様子をこそ不審に思い、
どうしたのだろかと無防備に近寄って来た七郎次へ、

 「…。」

ちらという、視線のみにて注意を向けた金髪の青年。
お人形さんのように整ったその御面相だが、
惜しむらくはと溺愛している七郎次でもついつい思うほど、
表情が薄いのはいつものこと。
ただし、

 「?」

七郎次には、それが、
薄いのではなく“堅い”のだと見てとれる。
そこから、
彼が何にか警戒しているらしい…というのは判るのだけれど。
今現在の彼らには、
何物かから狙われるような、覚えもなければ立場でもない。

 “…勘兵衛様は、お務めに出られておいでなのだし。”

実を言えば、世を欺いてのこっそりと、
映画や小説で扱う架空のお話のよな“荒ごと”に、
少なからず縁がなくもない身の家長様ではあるけれど。
そんな素性は勿論 極秘になっているし、
颯爽と跳梁なさっておいでな裏の世界へだって、
表向きのお顔や家族などなどは、当然 明かしちゃあいない。
滅多なことじゃあ知れないようにと、
何層にも厳重なセキュリティを張り巡らせているその上、
物理的にも、それはそれは優秀な護衛班がさりげなく付いている。
なので、
そっちの仇敵がこちらを意趣返しに狙うという危険にも、
特には縁がないままであり。
それらに通じている身の彼らとしては、
いちいち大仰な警戒なんてものを構えたならば、
却ってマークされようことをこそ、重々理解し承知しているくらい。

  ―― だってのに

西や南に比すれば相当に早いめの日暮れも訪のうての、
窓の外は薄暗く、
照明の灯る室内の様子が、外へ丸見えかも知れぬ頃合い。
それを警戒してだろか、こそりと身を隠す彼は、だが、

 「…、………。」

そんな様子見の中から何をか拾ったらしく。
見守っていた七郎次に言わせれば、
産毛が立ってさえ見えたほどの緊張ぶりが、
ゆるやかに弛緩してゆくのと同時、

  ―― ピンポ〜ン、と

それは長閑に、誰かの来意を告げるドアチャイムの音が鳴り響く。
こんな時間への来客の予定なぞなかったけれど、
おやと視線を宙へと泳がせ、
それから意を問うようなお顔を向けて来た七郎次へ、
今度はさしたる警戒もなく“うん”と深々頷いた次男坊であり。

 「はい。」

リビングに親機のあるインタフォンへと歩み寄ったそのまま、
応対を始めた七郎次は、だが、
あれれぇと、ますますのこと、
その玻璃玉のような青い双眸を瞬かせ、瞠目してしまうばかりなのだった。






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